石井紘基氏、刺殺される前に旧統一教会の世田谷進出に反対する住民運動に関わる 住民「ずっと関わってくれた議員は彼だけだった」

政治

引用元:https://asahi.5ch.net/test/read.cgi/newsplus/1673019167/

教団と闘う住民支える「覚悟」

20年間「封印」されたファイル

ファイルには、20年間「封印」されていた闘いの跡が確かに記されていた。2002年、衆院議員だった石井紘基(こうき)氏が東京都世田谷区の自宅前で刺殺された。後には、独自の調査で政官業の癒着に切り込んでいた石井氏が集めた、段ボール63箱分の資料が残された。安倍晋三元首相が銃撃され亡くなった後、記者は石井氏が、安倍氏の事件で注目された教団の問題に取り組んでいたことを知り、その資料を開封した。そして1冊のファイルを見つけた。

石井氏は、1993年の衆院選で日本新党から出馬して初当選。民主党に所属していた3期目のさなか、右翼活動家に刺殺された。

記者は15年、取材先を通じて遺族と知り合った。事件の真相に迫る手がかりが残されていないか、石井氏の調査を生かすことはできないか、継続して取材をしてきた。そこに22年夏、安倍氏の銃撃事件が起きた。

何度も読んできた石井氏の追悼文集を改めてめくっていると、名も知らない1人の男性の文章に目が留まった。90年代に起きた統一教会(現・世界平和統一家庭連合)の東京・世田谷進出に反対する住民運動に、石井氏が関わってくれたことを感謝するものだった。「状況を彼流の手法で調べ、追い出す作戦をたてた」と記されていた。

安倍氏の事件を機に、教団を巡るさまざまな問題がクローズアップされている今。当時の騒動をどう解決したのか、石井氏がどんな後押しをしたのか、知りたかった。22年10月初め。当時を知る住民ら、関係者を訪ね歩く取材を始めた。

当時のいきさつは把握できた。95年10月、世田谷区の閑静な住宅街・成城。2階建て、延べ床面積300平方メートル超の空き家を所有していた都内の建設会社が教団関係者と、月額100万円で賃貸契約を結んだことが始まりだった。住民には「教会に使う」と説明があった。

教団の霊感商法はすでに社会問題となっていた。住民は、教団や工事の関係者が敷地内に入れないようピケを張って対抗した。追悼文集を書いた男性はすでに亡くなっていたが、当時のことを覚えている住民もいた。「プラカードを掲げてデモ行進し、住民同士で何度も話し合った。石井さんも同席していたと記憶している。最初からずっと関わってくれた議員は、彼だけだった」。住民は所有者の建設会社と交渉を重ね、教団は2年後の97年秋に退去した。

(略)
https://mainichi.jp/articles/20230105/k00/00m/040/309000c

この記事への反応
世田谷
特別会計の全貌を暴かれたら困る人って誰なん?
右翼も統一教会とはべったりだろうしな
石井紘基氏が残した資料にあった、手書きのメモ。「ほっときゃいいとはいかない」と書かれていた

日本にもちゃんとヒーローはいるんだよな…

ヒーローは死なないけどな…
つか、ほっときゃいいと言ったのは身近な人物と取れるから怖いわな
ある種の忠告だよね
カンチョクトに訊いてみれ
石井が殺される前日に質問の内容を聞いてる
石井の著作読むと官僚に都合の悪い項目がびっしりと並んでいる
壺と自民と官僚、これが結託してた可能性
ありえる
うわーもう少しで何か出てきそうだな。
中村という責任者が怪しいのか?
自称右翼がどいつもこいつも邪教の手先ってもうどうしようもねえなこの奇形国家
職業右翼の半分は他国籍だから
いざというときに
自治体警察と自衛隊は正しい敵を認識してくれと願うしか無い
無理だろ。敵は国家権力を振るえるんだぞ
資料回収した鳩山さんはもう燃やしちゃったのかな?
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