引用元:https://tomcat.2ch.sc/test/read.cgi/livegalileo/1770151763/
1 有と無とは非対称的でありながら、相補的な関係である。有の輪郭は無なる空間によって、或いは精神的世界における有なる存在の輪郭は、実体を持たぬという平面的なる無によって立ち現れるものである。この意味において、有と無とは相補的である。
2 有と無とは即ち、全体を表象する個物である。この故に無なる存在者はモナド的である。しかし、有それ自体がモナド的であるということはできない。部分を持てばそれはライプニッツの与えた定義からして、モナドたるを得ないからである。然るに、有なる存在者が無であるとは、西田幾多郎の哲学にいう「具体的現在」(e.g. 絶対矛盾的自己同一)において未だその〈存在論的外形〉が定まらぬうちから、有なる存在者としてその実在を示し続ける、という意味においてである。この故に、有なる存在者は無であるということができる。有なる存在者は、その内容を指定すれば、忽ち過去の存在となる。実在とは即ち絶対の現在における存在なのである。
2 有と無とは即ち、全体を表象する個物である。この故に無なる存在者はモナド的である。しかし、有それ自体がモナド的であるということはできない。部分を持てばそれはライプニッツの与えた定義からして、モナドたるを得ないからである。然るに、有なる存在者が無であるとは、西田幾多郎の哲学にいう「具体的現在」(e.g. 絶対矛盾的自己同一)において未だその〈存在論的外形〉が定まらぬうちから、有なる存在者としてその実在を示し続ける、という意味においてである。この故に、有なる存在者は無であるということができる。有なる存在者は、その内容を指定すれば、忽ち過去の存在となる。実在とは即ち絶対の現在における存在なのである。
この記事への反応

『西田幾多郎の実在論』より

変か?
モナド的って部分さえ分かってたら読めるやろ
モナド的って部分さえ分かってたら読めるやろ

解説ヨロ

語彙が難しいだけで構造はめちゃくた整ってるから辞書引きながら読んだら理解しやすいと思うぞ

語彙じゃないやろ
大正時代の文体が難しく見せてるだけや
現代の仮名遣いにしたらふつうやん
大正時代の文体が難しく見せてるだけや
現代の仮名遣いにしたらふつうやん

言ってることはわかる
ただこの部分だけ引用されても「それで?」としかならない
ただこの部分だけ引用されても「それで?」としかならない

つまりこれは何を言ってるんや

或いは←あるいは
即ち←すなわち
忽ち←たちまち
即ち←すなわち
忽ち←たちまち
このあたりも平仮名に直しといた

最初から日本語で書かれてるならまだまし
フランス語から訳したやつがヤバい
フランス語から訳したやつがヤバい

これ
この文章は難解と言うべき形質をどこにも持たない
この文章は難解と言うべき形質をどこにも持たない

モナドの意味さえわかれば大体わかるやろw

chatgptにぶっ込めば理解できると言うのがデカい
昔は高学歴しか理解できんかったのに
昔は高学歴しか理解できんかったのに

1. 「ある」と「ない」は仲良し
「あるもの」と「ないもの」は、お互いがいないと困る関係なんだ。
• たとえ: 白い紙に、白いクレヨンで絵を描いても何も見えないよね?
• ひみつ: 周りに「何もない(色がない)」ところがあるから、描いた絵の形がはっきり見えるんだよ。
• まとめ: 何かがあるためには、その周りに「何もない」が必要。お互いに助け合って、形を作っているんだね。
「あるもの」と「ないもの」は、お互いがいないと困る関係なんだ。
• たとえ: 白い紙に、白いクレヨンで絵を描いても何も見えないよね?
• ひみつ: 周りに「何もない(色がない)」ところがあるから、描いた絵の形がはっきり見えるんだよ。
• まとめ: 何かがあるためには、その周りに「何もない」が必要。お互いに助け合って、形を作っているんだね。
2. 「いま」この瞬間がホンモノ
ちょっと難しいけれど、「いま」という時間のお話だよ。
• たとえ: みんなが「あ!」って言った瞬間、その「あ!」はもう過去(昨日やさっき)のことになっちゃうよね。
• ひみつ: 名前をつけたり、説明したりすると、それはもう「むかし」のこと。
• ほんとうの姿: 本当にすごいのは、名前もつく前の、いま動いている「キミ自身」なんだ。
• まとめ: 形が決まってしまう前の、エネルギーいっぱいの「いま」こそが、本当の「ある」っていうことなんだよ。

有がモナド的とはどういうことなんや?

紀元前500年からある話だな

マ?誰が言及してるんや

ライプニッツの与えたモナドの定義でこの議論することが有益か?に終始するんじゃね
昔の偉い哲学者の考えた概念だからそれ使えばそれっぽくなるやろでは哲学にはならんわけで
昔の偉い哲学者の考えた概念だからそれ使えばそれっぽくなるやろでは哲学にはならんわけで

日本の哲学者は西洋に依存しすぎだよな
全部引用引用ばっかで自論があまりないやん
全部引用引用ばっかで自論があまりないやん

ワイ「『死に至る病』…?面白そうやんけ!大学生やし哲学書の一冊くらい読んどくかw」
キルケゴール「人間は精神である。しかし、精神とは何であるか。精神とは自己である。
しかし、自己とは何であるか。自己とは、一つの関係、その関係それ自身に関係する関係である。
あるいは、その関係において、その関係がそれ自身に関係するということ、そのことである。
自己とは関係そのものではなくして、関係がそれ自身に関係するということなのである。 」
ワイは哲学を諦めた

めっちゃ分かりやすくて草

今今と今という間に今ぞ無く
今という間に今ぞ過ぎゆく
ってことやろ?
今という間に今ぞ過ぎゆく
ってことやろ?
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